中国テレビドラマというプリズム
楊 韜1
要旨
経済の著しい発展とともに,現代中国では新しい社会問題が次々と浮上している.そのなかでも,「裸婚」という社会現象は注目されている.これは,単に中国人の価値観が変化しただけでなく,経済の急成長による貧富の格差の拡大や,都市部における不動産バブルによる住宅購入難などの問題とも直結しているからだ.本稿は,テレビドラマ『裸婚時代』を対象とし,登場人物の婚姻観及び彼らの間に起きた衝突現象を分析し,転型期社会における婚姻をめぐる諸問題を考察する試みである.
キーワード:中国テレビドラマ,80後,裸婚,住宅問題,婚姻
はじめに
本稿は,中国テレビドラマ2というプリズムを通して現代中国の社会問題,とりわけ「転型期」と呼ばれる現在における婚姻をめぐる諸問題を捉え,ドラマに反映される中国人の婚姻に対する意識,直面する問題点などを考察するものである.
経済の著しい発展とともに,現代中国では新しい社会問題が次々と浮上している.そのなかでも,「裸婚(経済能力を考えず,愛情のみに基づいた結婚)」,「闪婚(電撃婚)」,「痩婚(スリムな結婚)」など,婚姻に関する社会現象は注目されつつある.これらの社会問題は,単に中国人の価値観が変化しただけでなく,経済の急成長による貧富の格差の拡大や,都市部における不動産バブルによる住宅購入難などの問題とも直結しているからだ.このような婚姻をめぐる社会問題を,今年放送された連続テレビドラマ『裸婚時代』を通して検討し,それにともなう社会性を考察するのが,本稿の目的である.
本稿の構成としては,まず中国テレビドラマに関する先行研究を整理し,ここでの狙いを明白にする.次に,テレビドラマ『裸婚時代』の概要を紹介し,テレビドラマの「現実性」について説明を加える.そして,登場人物の相関図に基づき,主要キャラクターの婚姻観を分析する.最後に,いくつかのシーンを取り上げ,登場人物の間に起きた衝突現象を分析し,転型期社会における婚姻を
めぐる諸問題(とりわけ住宅問題や医療サービス問題)を捉え,その背景,及び現代中国社会全体との関わりについて考察する.
Ⅰ.中国テレビドラマに関する先行研究と本
稿の狙い
中国で作られているテレビドラマのジャンルについて,Zhong Xuepingはその近著のなかで,「帝王劇」,「反腐敗劇」,「青春劇」,「家
庭婚姻劇」などを取り上げ,それぞれの特徴を論じている.中国でのテレビ視聴行為については,Lull(1991)のような先駆的な研究がある.一方,日本でもそれほど多くはないものの,中国の社会構造や1980年代以降の社会変遷についてテレビドラマを通して分析する研究はある.たとえば,石井(2005),文(2005a,2005b),周(2008,2009)などが挙げられる.また,南(2010)はテレビドラマの分析を通して近年の中国における「新歴史観」の浮上とその背景について考察している.これらの先行研究が示したように,テレビドラマを通して中国社会を考察するというアプローチは,筆者にとっても大変参考になる.しかし,これらの先行研究のほとんどは,1960年代,1970年代に生まれた中国人を主人公としたドラマを対象にしており,1980年代以降に生まれた世代を主人公とするドラマを扱っているのはZhong(2010)だけである.周知のように,改革開放以降
に生まれた世代は,それまでの世代とは,生活環境,価値観など多くの側面において大いに異なっている.今日においては,「80後」という新語が徐々に定着している.「80後」とは,1980年代生まれの世代を指す.すなわち,中国の改革開放後に生まれ育った世代で,その人口は約2億人に上る.彼らはよく「わがままで忍耐力が無く,無責任,退廃的」と言われている.一方,「80後」の世代は旺盛な消費意欲をもち,現在の中国消費市場の中核となりつつある.親世代からの不評を背負いながらも,彼らは改革開放が30年以上推進されてきた現代中国に生きている.彼らはどのようなライフスタイルをもっているのか.また,彼らはどのような社会的問題に直面しているのか.改革開放後30年を経った中国社会では,「80後」世代をめぐってどのような独特な社会現象が起きているのか.本稿は,「80後」世代をテーマとしたテレビドラマ『裸婚時代』を通して,これらの問題について初歩的探る試みである.以下,まず『裸婚時代』の概要について述べておく.
Ⅱ.『裸婚時代』(全30話)の概要
●製作について
制作:北京光彩世紀文化芸術有限公司
原著:唐欣恬『裸婚―80後的新結婚時代』監督:滕華弢李承铉个人资料
出演:文章(劉易陽役),姚笛(童佳倩役),張凯麗(田淑雲役),丁嘉麗(呉紅霞
王者荣耀星元皮肤役),劉天佐(李冬役),万茜(陳嬌嬌
役),艾如(孫暁娆役)ほか
放送:江蘇衛星テレビ初放送(2011年6月11日~6月26日),インターネット動画
サイト「楽視網」にて同時放送
●あらすじ
『裸婚時代』は,王易陽と童佳倩というカップルの結婚と離婚を描いたストーリーである.王と童はともに会社員であり,収入は多くないものの都会での独身生活を満喫していた.二人は8年間の恋愛を経て,親の反対にもかかわらず,愛情だけを頼りに結婚した.その後,両親との同居,出産,苦しい家計のやりくり,仕事上のトラブルなど,様々な現実的問題に直面し,最終的には離婚を選ぶという物語である.
Ⅲ.テレビドラマの「現在性」と「現実性」
ドラマ『裸婚時代』の具体的分析に入る前に,テレビドラマの「現在性(nowness)」及び「現実性(realness)」について述べておきたい.
『裸婚時代』は放送開始から最終話まで,同時期に放送されたテレビドラマのなかで,最も高い視聴率を維持していた.また,テレ
ビと同時に放送されたインターネット動画サイト「楽視網」でのアクセス数(一日単位)は1500万を超えている3.そして,大手インターネット掲示板である「百度貼吧」での反響も大きい.放送終了後半年が経った2011年12月現在でもなお,ドラマ『裸婚時代』の掲示板である「裸婚時代吧」では,12892名の「裸迷(『裸婚時代』ファン)」による311946件の書き込みが見られる4.
視聴者による書き込みのなかで,
「如果我是刘易阳(もし私が劉易陽なら)」,「如果有一个现实版的刘易阳,你会做现实版的童佳倩吗?(もし現実に劉易陽のような人が現れたら,あなたは童佳倩のようになれるか)」のような意見は多数みられる.ここからわかるように,ドラマを実際の生活とリンクして思考する人は多い.このような書き込みもまた,このドラマのファンたちによるある種の想像的創作である.メディア研究者のジョン・フィスクの言葉を借りれば,ドラマの「脚本生産」である.すなわち,「視聴者は作家の役割を引き受け,将来放送されるであろう脚本に反して,自分の「脚本」を書いている.(中略)視聴者によるこのような「脚本執筆」は,現在起こっている出来事というテレビジョンの感覚が,視聴者と同じ時間尺度で進行するからこそ可能になるのである」5彼らはドラマの中
の主人公たちと一緒に生きている(という「現在性」)ともいえよう.なぜ,これほど多くの人々がこのドラマに関心を持ち,ドラマに対する自分の意見や感想を寄せるのだろうか.その原因はやはり,このドラマそのものに潜む「現実性」にあると思われる.テレビドラマの「現実性」について,伊藤守は次のように述べている.すなわち,テレビドラマがドラマであるかぎり,それは「非日常的」な世界(ひとつの「虚構」の世界)であるが,視聴者にとってこのテレビの世界がもしかすると「自分のまわりにも起こるかもしれない」というリアルな世界として感受されていることのである6.とりわけ,「非リアルではあるけれどもリアルな,また逆にリアルではあるけれどもどこかしら非リアルな,絶えず反転していく錯綜した関係の中でテレビドラマが視聴され消費されている」7点は注意が必要だろう.したがって,テレビドラマという「虚構」のものには社会現象のすべてがリアルに反映されているとはいえないが,日常生活から構築され,日常生活と緊密な関連があるとはいえよう.とくに,『裸婚時代』のような高視聴率を得たテレビドラマは,広い階層の人々の視聴によって,多くの中国人の意識に影響を与え,時代の変化を推進するというような役割を果たしていると考えられる.
Ⅳ.『裸婚時代』の人物分析
以下は,『裸婚時代』のテクスト分析を行い,とりわけ登場人物の相互関係,及び彼らの異なる婚姻観念によって生じた衝突について焦点を当てる.具体的には,まず登場人物の性別,年齢,職業,
性格,価値観などを詳しく分析することによって,彼らの相互関係図を描く.次に,登場人物をカテゴリ化し,若者,中年,お年寄りの異なる年齢層のキャラクターのそれぞれに,どのような共通点,相違点が見られるのかを明らかにする.
劉易陽【男】:広告会社に勤めるサラリーマン童佳倩【女】:車のディーラーに勤めるサラリ
ーマン
陳嬌嬌【女】:童佳倩の「表姉(いとこ)」,黄
有為の「情人(愛人)」
孫暁娆【女】:劉易陽の部下,「富二代(1980
年代生まれで,成功した民営
企業経営者の子女)」
童建業【男】:童佳倩の父親,「機関幹部」田淑雲【女】:童佳倩の母親,「機関幹部」(副
処長),定年退職直前
劉明【男】:劉易陽の父親,工場労働者,早期
退職
呉紅霞【女】:劉易陽の母親,工場労働者,早
期退職
奶奶【女】:劉易陽の祖母
李冬【男】:劉易陽の同僚,のちに孫暁娆と結
婚
达式常近况王彼得【男】:劉易陽の同僚
杜毅【男】:田淑雲の同僚の息子,童佳倩の友
人
2018高考满分作文黄有為【男】:陳嬌嬌の交際相手(既婚者)特蕾西【女】:童佳倩の上司(婚歴不明)
魏国寧【男】:童佳倩の同僚,特蕾西の「情人
(愛人)」
崔彬【男】:博士,陳嬌嬌の交際相手(のち
に結婚)
劉錦心【女】:劉易陽と童佳倩の娘
ここでは,ドラマの台詞から主要登場人物の婚姻観を覗いてみよう.まずは,「裸婚」というテーマを表す台詞から見てみよう.第6話では,劉易陽と童佳倩の二人は,ようやく結婚に至ったところ,劉は童にプロポーズをするように迫られた.劉は次のように応じた.
「虽说我没车,没钱,没房,没钻戒,但是我有一颗陪你到老的心!等你老了,我依然背着你,我给你当拐杖.等你没牙了,我就嚼碎了再喂给你吃.我一定等你死了以后我再死,要不把你一个人留在这世上,没人照顾,我做鬼也不放心.(僕には車がない,お金もない,マンションもない,ダイヤモンドの指輪もない.でも,君と一緒に最後までいる気持ちがある.君がお年寄りになったら,僕は君を背負っていくし,君の杖になる.君の歯が無くなったら,僕は食べ物を細かく噛んで食べさせる.君が死ぬまで僕は死なない.君一人でこの世に残すのは不安だから.)」このように,劉易
陽は童佳倩を生涯の伴侶として守り続けたい気持ちを込めてプロポーズした.彼が強調しているのは,すなわち「車,お金,マンション,ダイヤモンドの指輪」など現在の中国では結婚に欠かせないものを一切持たなくても,愛する心さえあれば相手を幸せにすることができるという「裸婚」の信念である.しかし第22話では二人は離婚することとなり,最後の別れの際に互いの気持ちを言葉にしてぶつかり合う.その際に,劉易陽は結婚が失敗した理由として,「细节打败爱情.(現実の生活のディテールが,愛情に勝った).」と述べている.すなわち,結婚当初は愛情さえ持っていれば生活が順調に行くと考えたが,結婚後の様々な現実的問題によって,家庭を維持していくことが出来なくなり,失敗したという気持ちの表れである.
一方,同じ若者でも劉と童と異なり,
「裸婚」の可能性を最初から疑問視する人もいる.このドラマのなかの陳嬌嬌はこのような若者である.童佳倩のいとこであり,よい相談相手でもある陳嬌嬌は,愛情を信じず,相手の経済力を恋愛や結婚の第一条件として考えている.第2話では,彼女は次のように述べている.「有钱就有感情啊!(お金があれば愛情が生まれる!)・・・在这个世界上只有两样东西可以让女人感觉到幸福,一个是奥迪,第二个就是迪奥.(この世界には,女を幸せにしてくれるものは二つしかない.一つはディオール,もう一つはアウディだ.)」ここで言及した「奥迪(アウディ)は現在中国において最も人気の高級自動車ブランドであり,一方「迪奥(ディオール)」は知名度が高いファッ
ションブランドとして,中国の女性に大人気である.この両者はともにヨーロッパ発祥の高級品であり,その所有者はお金持ちとして認識されている.すなわち陳嬌嬌は,このような高級品を与えてくれる人を付き合う相手として考えているのである.彼女は,童佳倩が劉易陽の
ような経済力のない男性と結婚することに理解を示さない.
これらの若者に対して,中高年の登場人物たちはどのような恋愛・結婚観を持っているだろう.このドラマのなかでは,主人公たちの両親,そして劉易陽の祖母などの役もある.彼らは総じて中国の伝統的観念の持ち主であるが,必ずしもみな一致しているわけではない.たとえば,童佳倩の父親の童建業は,娘の恋愛と結婚についてかなり寛容な態度をとっている.第1話では,童建業は田淑雲に「鞋合不合适只有脚知道.
(靴のサイズが合うかどうかは,足しか知らない.)」と言って,娘の恋愛と結婚に干渉しないような意見を述べている.また,童建業は劉易陽の人柄に惹かれ,経済力がなくても娘との結婚に賛成している.しかし,母親の田淑雲はどうしても収入が少なく,しかもマンションを所有していない劉易陽を気に入らず,結婚に強く反対した.ところが,のちに童佳倩と劉易陽は離婚し,実家に戻ることになると,田淑雲は二人の復縁に積極的に働いた.第23話では,田淑雲は「什么都得是原配的好.
(何と言ってもやはり最初にめとった妻がいい.)」と,一生懸命童佳倩と劉易陽とその娘の家族3人の共同空間を提供しようとした.田淑雲は,娘の気持ちを考えるよりも自分のメンツを優先しているように見える.田淑雲としては,女性は一生に一人の夫とのみ伴うのが理想的であると考え,離婚した場合でも復縁してほしいと願うのである.しかも,田淑雲は娘の離婚を同僚に知られたくないため,嘘をつく.離婚した童佳倩にも「一度離婚した女性の価値は下がる」というように説いた.
一方,劉易陽の家族は「重男軽女(男尊女卑)」という観念を持っていることがわかる.これは,曾孫の出産後,劉易陽の両親及び祖母の言動からはよりはっきりと読み取れる.Ⅴ.『裸婚時代』からみる転型期社会におけ
る諸問題
以上,主に『裸婚時代』の登場人物について分析及び整理してきたが,ここからはいくつかのシーンを取り上げ,登場人物の間に起きた衝突を分析し,転型期社会における婚姻をめぐる諸問題の背景と原因,及び現代中国社会全体との関わりについて検討したい.
1.結婚をめぐる住宅所有問題
第3話では,劉易陽一家と童佳倩一家の両家がはじめてレストランで顔を合わせ,子供たちの結婚について話し合うシーンがあった.しかし,やはり結婚後の二人の住まいのことをめぐって意見が対立し,結局何も解決できないまま気まずい思いでけんか別れとなってしまった.この時の様子を見てみよう.
●田淑雲:至于今后这个酒席呀什么,婚
礼什么的,这都是枝节,都是一个形式上
的事.今天我跟她爸呢,这个中心的意思
呢,就是要把这个房子的问题弄清楚.咱
们到底咱们家是有房子还是没有.有,在
哪儿.(これからの披露宴などは主要な泛怎么组词
ことではなく,形式上のことだ.今日は,
もっと肝心な新居の件をはっきりしたい.あるのか,ないのか.あるなら,どこに
あるのか.)俞小凡个人资料
・・・
●呉紅霞:说起房子,我们家奶奶啊有个
平房,本打算就是拆迁的时候那房款下来
再给他买新房.(この件については,う
ちの祖母が古い平屋を持っているが,そ
こがじきに立ち退きに合うから,将来的
にはその補償金で新しいマンションを買
うつもりだ.)
・・・
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